PF-JPA


新しい審査モデルの提案

 
  
日本弁理士政治連盟
会 員 田辺 徹
 
 
1.はじめに
知財創造立国の立場から、新しい審査モデルを提案したい。
 審査請求件数を抑制するために、現在、出願審査請求料を値上げして、出願人が「玉石」発明の選別を事前に厳しく行うことが強く求められている。
 しかし、出願審査請求料の値上げをする前に、実行すべき審査改革があると信じる。
 知財創造立国の立場でいえば、審査請求期限を撤廃して、重要な発明に対してのみ、審査や審判を集中するのが最善である。出願人は、出願から20年間、いつでも審査請求書を提出できるようにして、発明の重要性が判明するまで、審査請求を待てるようにする。重要な発明か否かを決められない状態で、審査請求するか否かを決める必要がないようにする。発明の重要性が判明したとき、審査請求をすればよい。
 他方、知財創造立国の立場に反し、権利が確定しない状態が長く続くのは不当であると考える立場もある。周知のとおり、この立場から、出願請求期間が7年から3年に短縮された。その際、審査請求件数の増加により審査期間の長期化が心配された。それにもかかわらず、3年に短縮したのは、ペーパーレス・システムと調査外注システムの導入により審査効率が向上されるので、大きな問題は生じない、という説が有力であったからであろう。
 現在、この説が説得力を失ったことは、明らかである。
 そこで提案したいのが、各種権利に関する条件や制限を、特許法に新たに規定することである。
 出願からの期間は一定(たとえば3年)にしてもよいし、権利の種類(補償金請求権や差止請求権など)に応じていろいろと変えてもよい。
 以下、この提案内容について説明をする。
2.『玉石』発明
 特許出願される発明は、玉石混交である。これには、疑問の余地がない。議論が分かれるのは、「玉」と「石」をいつ選別できるようになるかということである。
 ノーベル賞の対象になるような独創発明の場合、過去の例をみれば明らかなように、一般の人が評価できるようになるのは、創造後かなり経過してからである。ノーベル賞級の大発明の場合、創造後2〜3年経った時点で、専門家の間においてさえ、評価が低いままだったという例も少なくない。このような例として、光ファイバーの発明、青色発光ダイオードの発明、最近ノーベル賞を受けた発明を示すことができる。
 小さな改良発明の場合は、どうであろうか。
 発明の特許性の大小と、特許の価値の高低は、正比例の関係にはない。出願時には、ほとんど特許性がないと思われたが、特許になったあと、意外に、経済的評価が高くなった発明がある。
 多くの場合、出願前に発明の経済的価値を正確に評価することは、実際には困難を極める。
 極論すれば、出願前に発明の玉石(経済的価値)を正確に選別することは、神のみが可能であるにすぎない。
 出願前に、発明の「特許性」を判断するのは、発明の「玉石」の判別と同様に、非常に難しい。出願後においても、発明の特許性の判断は容易ではない。これは、日常業務で実感していることである。特許後においてさえ、有効・無効の判断は容易ではない。侵害裁判所が直接的に無効を審理するようになった現在、特許性の判断は、これまで以上に困難度が増してきた。
 私に限っていえば、侵害成否の鑑定よりも、特許性の鑑定の方が難解である。
3.各種権利の条件や制限の創設
 出願から所定の期間内に審査請求をしないときは、各種権利に条件や制限を加える旨を特許法に規定することを提案したい。
 審査請求期間を短縮したり、審査請求料を値上げするのではなく、権利行使に条件や制限を加えることによって、出願人と第三者の利害のバランスをとるべきである。
 知財創造立国の立場からすれば、かなり後退になるが、審査請求期限を撤廃する代りに、出願後、所定の期間が経過した場合に限って、次のように権利行使に制限や条件を加える。いくつかを組み合せてもよい。
(1) 審査請求以前の実施に対しては補償金を請求できないようにする。
(2) 警告をした者に対してのみ、権利行使をできるようにする。
(3) 差止請求権は、審査請求の前(または前後)の実施に対して行使できないようにする。
(4) 審査請求後(もっと厳しく警告後)にのみ、権利行使できる実施料請求権を創設する。
(5) 出願人が審査請求時に警告書の写を特許庁に提出し、特許庁は、警告を受けた者に対して、意見を述べる機会を与える。
(6) 審査請求書を提出すると同時に、それまでに知りえた公知文献を提出する。これに違反したときは権利行使にペナルティーを課する。
 なお、わが国では、特許出願や審査請求を厳選するとともに、特許庁の審査効率を上げることを主な目的として、出願人が知っている公知文献に加えて、出願人が、わざわざ調査をしたうえで、文献公知発明情報を特許庁に開示することが求められる。
 しかし、公知文献の調査を出願人に求める審査モデルは、日本特有のものである。出願人が知っている公知文献を特許庁に提出することを求める制度は諸外国に存在するが、それは、審査の「公平」のために、出願人による「調査」を求めているわけではない。
 たとえば、アメリカでは、出願人が特許商標庁に開示した情報について、出願人が考慮されることを望むのに対し、審査官は、(とくに審査の実働時間が長くなってしまう場合は)、考慮することを望まないと言われている。担当者により個人差があると思うが、日米間の本質的な差は明らかである。
4.審査期間と審査時間の違い
 審査改革にあたって、明確にしておきたいのは、審査の実態を解明することである。
 審査の促進を論じるときに「審査期間」のデータが示されることが多いが、「審査期間」は、審査の実態を計測するには、あまり適切なモノサシとはいえない。
 図表を参照して、この点について説明する。
 特許出願から査定までの審査プロセスを考えたとき、審査期間は、審査時間と非審査時間からなり、審査時間は待ち時間と実働時間からなる。実働時間は、審査官等が実際に審査をしている時間であり、待ち時間は、それ以外の時間(たとえば出願人の審査請求から審査官の審査着手までの時間や、拒絶通知に出願人が応答したあと審査官が審査着手するまでの時間)である。非審査時間は、出願から審査請求までの時間や、拒絶通知から応答までの時間である。
 日本と他国の審査実態を比較する際に用いるべきモノサシは、審査時間(とくに実働時間)であり、けっして審査期間ではない。
5.知財創造立国の審査モデル
 出願人は、非審査時間を任意に選択でき、かつ審査時間が短いことを望む。つまり、いつでも好きなときに審査請求して、すぐ審査結果が得られることを望んでいる。審査期間が短いことを常に望んでいるわけではない。
 知財創造立国の好ましい審査モデルは、出願人の望みをできる限り満足させるものである。
 この観点からすると、審査請求の期限は、完全に撤廃すべきである。
 審査請求制度は、特許出願のうち真に審査をする価値のあるものについてのみ審査し、審査をする価値のない出願については審査を省略することにより、全体としての審査の促進と効率化を図ろうとするものである。
 この考え方を徹底すれば、審査請求期限を撤廃するのは当然のことである。
 審査請求期間が存在するかぎり、それが短期間であろうと、長期間であろうと、出願人は出願につき審査請求すべきかどうかを選別せざるをえない。審査請求期限内に発明の玉石(重要性)を判別しがたい場合は、とりあえず審査請求しておくということになる。この結果、「石ころ」発明を審査する確率が高くなる。ムダな審査が増えるのである。
  旧法の審査請求制度では、審査請求の多くが出願から6〜7年目に集中していた。
 他方、出願人以外の会社(競争相手などの第三者)は、自社の製品が他社のクレーム(特許になりそうなクレーム)の範囲外であれば、特許査定と拒絶査定のいずれであっても、査定が早いことを望み、自社の製品が他社のクレームの範囲内に入りそうであれば、拒絶査定が早いことを望み、逆に特許査定は遅れることを望む。
 権利がいつまでも不安定であると、第三者に悪い影響を与えることになるので、3年の審査請求期限を設けるべきだというのが通説である。審査請求料の値上げは、この通説を前提にしている。
 通説によれば、長期間にわたり、権利の帰趨が未確定な出願が大量に存在すると、以下のような不利益を第三者に与えるという。
@ 審査請求を未だ行っていない段階では、明細書の範囲内でクレームを自由に変更できる。事業を進める第三者にとっては、未請求案件が膨大であり、明細書に記載された技術内容まで精査することは不可能なため、特許権を侵害してしまうおそれがある。
A 特許侵害の懸念を抱くことなく事業化を推進することが困難となる。
B 特許侵害をおそれるあまり、不当に広いクレームであっても、製品の設計変更や代替手段の準備を強いられる。
C 審査請求や補正の有無を常に監視する必要がある。

 このような第三者の不利益を解消するために、審査請求期限が7年から3年に短縮された。
 しかし、これは、知財創造立国の立場からみれば、法律の「改正」でなく「改悪」である。
 知財創造立国を実現するためには、もっと工夫して、創造を重視したやり方で、前述のような第三者の不利益を解消すべきである。たとえば、権利行使に対する条件や制限を新たに規定するのは、1つの創意工夫である。
 もちろん、これ以外にも、知財創造立国にふさわしい創意工夫があれば、オープンに議論すべきである。
6.再審査用特許出願
 特許の審査・審判の迅速化を実現するための対策として、アメリカの継続出願を参考にして、再審査用特許出願(以下、再出願という)の導入を提案する。
a)  再出願は、再度審査を求める出願であり、いわば、審査のやり直しをするためのリセットボタンといえる。
b)  形は「出願」であるが、手続の実体は、「補正」と同じにする。
c)  原出願が係属中であれば、いつでも(審査後であっても)、再出願ができるようにする。
d)  再出願と原出願は、出願番号、出願書類、優先書類、包袋をすべて同じものとする。
e)  再出願と同時に審査請求をする。
f)  原出願の公開後に行った再出願については、公開公報を発行しない。

 このような再出願においては、すでに原出願に関して審査済であることが多く、審査時間(待ち時間と実働時間の両方)が少なく、審査の大幅な短縮(出願の1〜2ヶ月以内の処理)が可能である。
 その結果、統計上、再出願の審査期間が含まれるので、全体的な審査期間の短縮が達成できる。
 現在出願中のものに対しても再出願を可能にすれば、全体の審査期間の平均は著しく減少するものと思われる。さらに、拒絶査定に対する審判や、審決取消の訴訟についても、件数の減少が期待できる。
 なお、よく比較の対象にされるアメリカの審査期間については、わが国にはない「継続出願」や「選択要求」の制度が、審査期間の短縮化に役立っていることを考慮すべきである。
 したがって、日米の審査実態を比較する際に用いる基準は、審査期間でなく、審査時間とくに実働時間にするべきである。
7.おわりに
知財創造立国の特許専門家は、料金値上げのような従来周知の対策でなく、「創造」によって、審査改革として、問題を解決すべきではなかろうか。
以上


この記事は弁政連フォーラム第120号(平成14年11月25日)に掲載されたのものです。

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