弁政連フォーラム 第273号 平成27年11月15日
日本弁理士政治連盟
副会長 富崎 元成
日本の特許出願件数の減少が止まらない。我々、弁理士業界の縮小も止まらない。日本の研究開発投資額は、中国に抜かれたとは言え、官民合計で18兆円(平成26年度)もあり、投資額が減少しているわけではありません。にも係わらず、日本の特許出願件数の減少が止まらないのはなぜでしょうか。日本の知財制度が産業構造の変化に対応できていない、日本企業の工場、研究所の海外移転で空洞化している、侵害に対する損害賠償額が極めて少額等の理由がしばしば指摘されますが、私は、知財制度を支える弁理士等の専門家、組織が時代の変化に対応できていない、と考えざるをえません。そこで、特許庁の知財振興の現場でどんな運用がされているかを、弁理士が関与している「知財総合支援窓口」の実態を報告して、我々弁理士が抱えている問題点を考える材料となればという観点で、本稿を執筆しました。
8月に発表された平成28年度の経済産業省の重点予算要求額で、全県で展開されている「知財総合支援窓口」の予算(特許庁)が、105.9億円から123.2億円に、また、「よろず支援拠点」の予算(中小企業庁)も、46.2億円から65.0億円に増額されています。「よろず支援拠点」の予算に「知財戦略」の経営課題に対する相談機能も入っています。これは、特許庁の「知財総合支援窓口」と重複する機能と言えます。
これらの政策は、中小ベンチャー企業への知財支援のための予算ともいえます。この政策には、古くから弁理士会、又は個々の弁理士が専門家として全国レベルで関与しています。しかしながら、必ずしも専門家としての弁理士が機能しているとは言えないようです。この問題を考えることにより、我々の業務の質、量を高めるヒントの糸口があるものと思います。以下、これらの政策に多少関与している弁理士として、所見を述べさせて頂きます。
この関連で、専門家である弁理士に対する苦情も、特許庁、各地方経済産業局、各県の知財総合支援窓口等に多くあると聞きます。具体的には、特許出願等の手続の助言に終始する、出願することのみを熱心に勧める、企業経営、又は製品開発との関係の助言がない、企業経営と知財の関係の説明がない等です。
言うまでもありませんが、規模の大小を問わず企業は、物、サービス等を提供して利益を得て、雇用を確保し、納税を通して社会に貢献するための組織です。この企業経営にとって、研究開発の成果である知財制度を利用するか否かは、その企業の選択であり、知財制度はそのための一手段にすぎません。
確かに、弁理士は特許出願等の手続の専門家ではありますが、企業経営を考慮しないで特許出願しても何の意味もありません。取り分け、零細企業、中小企業にとって、特許等の知的財産権の権利取得の費用は相対的に大きく、しかも当該企業の経営戦略の一手段として、必ずしも有効な手段とは限りません。このことを無視して、当該企業にとって大きな出費をさせて、特許出願して、仮に登録されても何の意味もありません。
又は、特許出願したものの製品開発が成功しても、最終的に商品開発に失敗した場合、結局、登録の意味がないことになります。また、商品化し市場で成功しても、請求の範囲等のピントがズレていれば、競合会社の製品に対する権利行使もできません。要するに、弁理士への相談業務のトラブルのかなりの部分は、発明の背景を把握しないで、高度成長期のように出願業務のみに特化し、出願して登録することのみを目的とする人が多く、企業の利益を確保する視点が欠けていることが多いことが原因と思われます。即ち、顧客の実情の把握、知識不足からくるものと解されます。
私見ですが、知財総合支援窓口で必要なことは、その企業の経営状態、資金、人材、その業界の市場を把握していると、我々専門家の知財支援も効率的と思われます。即ち、その企業に最も欠けている経営資源はなにか、その欠けている点のどこを援助するのが最も効果的か等、全体的な観点を見て判断すべきと思います。具体的には、特許出願等の当否(先行技術、発明の完成度)、研究開発の方向付け(特許情報等の分析、公設試験所、大学等の紹介)、資金調達(各種補助金の活用、紹介)、市場調査(営業担当のヒアリング、他の専門家の活用)、ノウハウの管理(公証人等の活用)、技術契約の支援(契約書の作成)等を行う姿勢が、最も重要と思われます。
このためには、何度でも相談先に出かけて現物を見る、聞く、相談、報告等を繰り返し行うことが最も肝要です。高度成長期のように右から左に書類を流す仕事はなく、効率が悪くても、低成長下の今の日本の社会では、地道にこれらの業務を積み重ねるしかないと思います。もっとも、これらについて、弁理士の専門ではない分野では、知財総合支援窓口と連携し、適切な専門家に相談することを勧めるのも重要な業務です。これらの背景が明確になると、どんな知財の権利が必要か、必要ではないか等が明確になり、かつその企業の利益に有効に働くことはいうまでもありません。結果として、我々弁理士への出願依頼も増加すると思います。
弁理士、知財部の責任者等からよく聞く言葉があります。経営トップが知財を理解していない、経理部門が知財予算を削る、研究開発従事者の質が良くない、等です。トップ、経理部門、研究開発従事者等が知財制度を知らないのは当然です。結論からいえば、これらの言葉は、我々弁理士、知財部門の専門家が、トップ等に理解できる、又は説得する努力をしていない、更に言えば説得するだけの仕事をしていない、ことの証左でもあり、言い訳と言わざるをえません。その証拠に、知財収入の大きい会社において、知財担当者からトップ、経理部門、研究開発従事者等が理解がない等とあまり聞いたことがありません。
弁理士に、経営の中枢と話しをする共通の知識、材料、言葉がないこともこの一因です。要するに、原点に帰り、彼らが納得する仕事をする、彼らが理解できる言葉で知財を説明し、説得する努力をすることが肝要と思います。企業の知財の予算が削られて、日本国内の特許等の出願件数が減少している原因の一つは、私も含めて我々弁理士にもあると言わざるをえません。逆に言えば、そこを改善することが、遠回りに見えても、日本の知財業界を活性化するための早道であろうと思います。
この記事は弁政連フォーラム第273号(平成27年11月15日)に掲載したのものです。
←前のページへ戻る