弁政連フォーラム 第334号 令和3年2月15日
日本弁理士政治連盟
会長 水野 勝文
日本弁理士政治連盟は、2020年12月23日に産業構造審議会知的財産分科会基本問題小委員会において検討された以下の議案について、意見書を提出しました。
弁理士の皆様にぜひお伝えしたい内容ですので、全文掲載いたします。
出願内容の適正化・審査負担軽減に資する料金体系の在り方に関し、商標登録出願における指定商品・指定役務を、特許庁が発行する「類似商品・役務審査基準」、「商標法施行規則」又は「商品・サービス国際分類表(ニース分類)」に掲載の商品・役務のみとした場合、そのような商標登録出願の出願手数料を引き下げる案
商標登録出願において記載が求められる指定商品・指定役務は、商標登録後の権利範囲を定める出願手続きの最重要記載事項である。弁理士は、商標登録出願を代理するに際しては、依頼人の利益を守るために、依頼人が提供又は提供予定の実際の商品・役務を十分聴取し、理解した上で、商標法の関連規定の知識及び実務経験に基づき、適切な表現で商品・役務を依頼人に提案することが通常である。
そして、この「適切な表現」の意味するところは、大別すると、実際の提供商品又は役務の具体的内容を記した特許庁発行の類似商品役務審査基準(以下、「基準」という)には掲載外の「具体的表示(自由記載)」と、基準掲載の「例示」である。
具体的表示は、実際の商品・役務と齟齬のないように記載するものである(当然商標法第6 条の要件を満たすように記載する)。従って、具体的表示をもって商標権が設定された場合は、登録後の権利範囲の解釈においては、当然に登録商標を商標権の専用権の範囲で使用する法的根拠となる。そして、例示と比較して、当該例示に実際の商品又は役務が含まれるか、複数の例示に跨るものではないかといった疑義は生じない。この点、イノベーションが促進され、従前にはない新規な商品やサービスが日々生まれる中にあって、基準には、そのような新しい商品・役務に相応する例示はない。そればかりか、世の中的に一般化された役務でもなかなか基準に例示が追加されないといった事情すらある(例えば、「インターネットを利用して行う音楽の提供」は、パブリックコメントで少なくとも平成22年に指摘がされていた箇所であるにも関わらず、追加されたのは昨年である。)。
また、基準掲載の例示の内容を把握し、商標登録出願において商品又は役務を指定するには、商標法上の商品又は役務とは何か、商標の使用の定義や商標権の効力、商品又は役務の区分毎の注釈等を理解する必要がある。
従って、ユーザー自身が例示のみにて商標登録出願を行うとなると、新しい商品・サービスを適切に指定できているのかが分からず、十分な保護を受けられないことを懸念する。特許庁審決や裁判例においても、指定商品・役務の記載方法によって、類似商品・役務審査基準に則った(いわゆる類似群コード通りの)判断とは異なる判断がなされる事例があることは、商品・役務の指定の困難性を物語っているといえる。特に、商標法や基準の内容、商標登録出願の手続全般に精通する弁理士又はこれに相応する実務経験を有する企業の専任者であればまだしも、代理人を介さずに商標登録出願を行う中小企業でかつ商標の専任者がいない者又は個人においては、基準の例示の内容について十分な理解ができない。結果、基準掲載の例示の利用が、適切な権利取得を阻害することが十分に想定される。また、このような者にあっては、商標登録が成立した後にあっても、自己の商標権の効力範囲を解釈できないため、商標登録が自己の事業における商標使用の法的根拠として適切であるかを知らずに商標権を維持し続ける可能性もある。その結果、本来商標登録を行うべき適切な商品・役務について、他人が同一・類似の商標を出願・登録してしまうおそれも招来する。
以上より、商標登録出願における商品又は役務の指定といえども、高度な専門的知識と実務経験に基づいた判断が求められる。また、最終的にどのような権利が発生するのかを十分に見極めた上での手続きが必要となる。商標制度のユーザーの利益を最優先とする観点からすれば、不適切な商標権の発生を招く恐れが高い、基準掲載の例示のみの指定を推奨することには賛成できない。
更に、外国を念頭にマドプロ出願をすることは、各国の商品・役務の記載方法が一致していないので、出願人に拒絶対応の負担をかけるため、マドプロ出願推奨に逆行することとなり賛成できない。
具体的例を挙げると、マドプロ出願では、本国の指定商品役務と同じ指定商品役務を前提とするので、次のような実害が生じている。
例1. 9類のプログラムでは、米国は用途を限定した~用プログラムとしないと拒絶の対象となるが、日本では「類似商品役務・役務審査基準」や「ニース分類」でも特定されていない。
例2. 中国では、被服と服装は、具体的商品(下位概念)に異なるものがある。
現実には、早期権利化を念頭に置いて、例示商品・役務を指定した出願を行い、その後に具体的な商品役務を指定した二重の外国出願をすることが目立つようになっている。
日本でも二重出願が増加する恐れがあると懸念され、賛成できない。
例示のみを用いた商標登録出願と具体的表示を用いた商標登録出願とで出願手数料に差異を設け、前者について低廉な料金設定とした場合、多くの商標登録制度のユーザーが、例示のみを用いて商標登録出願を行うことが予想される。また、具体的表示が必要な事案であるのに、費用面を優先し、例示のみを用いて出願する者も現れるであろう。
例示のみにて商標登録を出願し、商標権を取得した場合の懸念点は上述の通りであるところ、そのような料金設定をもって、例示を用いた商標登録出願を誘引することとは、畢竟、ユーザーの事業に真に役立つ商標権の取得を阻害することを強く懸念する。特に、資金力が弱い中小企業ほど料金に左右されることは明らかであり、適切な権利を取得できずに困るのも中小企業となることを憂慮する。よって、商標登録制度についての十分な情報提供が無い中でのそのような誘引は、商標登録制度自体へのユーザーからの信用の毀損にも通じるおそれのある由々しきものと考える。
他方、例示のみを指定した場合には、審査負担を考慮して料金体系を変えるとの扱いには疑問を感じる。確かに、特許庁の審査負担に応じた費用設定は一件理に適ったものとも思える。しかしながら、出願内容によって審査の負担が異なるのは、例えば、複数の図形や文字を構成要素に含む商標出願をした場合の類似の審査や、従来にはない新しいタイプの商標出願においても同様である。商標登録出願の指定商品・指定役務についての料金体系だけを、例示のみを使用した結果、特許庁の工数が減るからと言った理由で変更する事は、整合性、合理性を欠いた料金設計と考える。
更に、海外の者が行う日本での商標登録出願は、具体的表示を用いたものであることが通常であり、その実態からして、例示のみを用いた商標登録出願に対してのみ、料金的なインセンティブを与えるとすれば、海外からの出願人が同様のインセンティブを受けられる可能性は低く、国内外のユーザーの公平性を欠く。
以上より、前記①の懸念から生じるユーザーへの不利益をより現実ならしめる料金体系の採用には賛成できない。
ユーザーフレンドリーの観点より、ユーザーの利便性に資する出願システムの構築や拒絶理由のかからない出願の促進といった施策を実施することについて異存はない。しかしながら、安易な手続手法の構築(出願支援アプリ等)により、上記①にて述べた不具合・懸念がある中で、ユーザーへ制度の内容を十分に説明し、その理解を得た上で利用されればまだしも、「商標権は簡単に取れる」との理解のもと、制度への十分な理解なく安易な手法で出願手続きを行った結果、真に事業に役立つ商標権を取得できない事例が発生することを懸念する。
利便性の高い手続手法の構築は、その使い方次第でユーザーに利益と不利益の双方を与え得るいわば諸刃の剣である。即ち、例えば、書誌情報を入力し、区分毎のリストの中から例示される商品・役務を選ぶようなアプリを導入した場合を想定すると、そのアプリのユーザーは、商標法の知識や出願手続きの実務経験を持たない者が多くを占めると思われるところ、容易に出願ができることで一見ユーザーの利便性に資するものと言えるが、上述の商品及び役務の指定に必要となる専門的知識を欠くユーザーが、自己の事業に真に役立つ内容で権利を取得するための適切な出願(例示商品・役務の選択)を行うことは難しい。
また、誰しもが利用できる上記アプリのような商標登録出願支援ツールは、出願人自身又は弁理士・弁護士以外の者による手続きを誘引し得る点でも大きな問題が存在する。そのようなツールの利用が通常となり商標登録出願が容易となれば、他のITシステムを組み合わせて、弁理士等の代理人の資格を持たない者が出願支援ツールを提供し、本質的には弁理士等が関与しない中での商標登録出願の代理行為が横行する恐れを強く懸念する。繰り返しとなるが、商標登録出願には専門的な法知識や経験に基づいた判断が必要であるところ、簡易な出願手法の構築は、そのような知識などを持たない者或いはそのような者が作成した商標登録出願ワンストップサービスの出現に繋がり、また、事業に有効に活用できない権利の乱立を招き、最終的には商標登録制度のユーザーの不利益となる。
知財の専門家としての使命をもってユーザーを守るべき弁理士として、このような流れを孕む出願支援ツールの構築・利用は看過できない。
次に、手続きの容易化及び費用の低廉化により、ユーザーが商標権の価値や商標登録制度自体を軽視するに至ることも懸念する。「特許と比して商標は簡単」と評される事も少なくないところ、審査に通常一年程度を要することに驚く依頼者や、審査があることに驚く依頼者が存在することも事実である。
このような中にあって、簡便な手続手法の利用や費用の低廉化は、商標登録の軽視に向かう一因にもなり得ると考える。またそのような方向性は、ユーザー保護に欠け、商標法の法目的にも悖る結果ともなる。
以上より、例示の推奨、出願支援ツールを介した出願及び費用のインセンティブは、ユーザーや商標制度の在り方に対して、寧ろマイナスの影響を与えるおそれを危惧する。よって、例示の推奨、そのような出願支援ツールの利用や料金の低廉化には賛成できない。
商標制度は、知的財産制度の主要な一角であり、特に、ジャパンブランドの優位性がまだあると思われる情況下、我が国の企業の国際的な商標保護の確保の重要性は言うまでもない。そして、我が国が置かれている諸課題を解決・緩和するイノベーションとその社会への実装化が希求されている重大局面に鑑みれば、商標制度も国際展開をも視野に入れた新商品・新サービスの創出を守り、支援する仕組みであるべきである。
以 上
この記事は弁政連フォーラム第334号(令和3年2月15日)に掲載したものです。
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