弁政連フォーラム 第352号 令和4年10月15日
弁理士 加 藤 朝 道
(日本弁理士政治連盟顧問)
令和4年5月11日成立の経済安全保障推進法(以下、経済安保法)は、国家の安全を損なう機密情報の保全を図るものであり、特許出願に関してその非公開制度が特許制度に導入されることになりました。公布の日から2年以内の政令で定める日に施行。非公開の指定(保全指定)は内閣総理大臣によりなされ、出願人は内閣総理大臣に対する手続きが必要になります。
安全保障上機微な発明の特許出願につき、公開や流出を防止するとともに、安全保障を損なわずに特許法上の権利を得られるようにするため、内閣総理大臣の下で保全審査により保全指定をして公開を一定期間留保する仕組み(公開留保期間は1年ごとに見直し、延長又は解除)であり、外国出願の禁止、補償、罰則等を規定しております。
衆議院内閣委員会の審議において、特許出願の非公開の指定(保全指定)は内閣総理大臣によりなされ、出願人は内閣総理大臣に対する手続きが必要になるが、特許出願の代理人たる弁理士にはその代理が認められるか、との質問に対して、経済安全保障担当大臣は、弁理士法第4条1項に定める所謂専権業務には該当しない旨答弁しました(衆議院内閣委員会令和4年3月23日議事録、官報28頁)。ここに、経済安保法により特許法の中に割り込み規定された特許出願の非公開制度と、特許法等特許庁における手続きを基礎とする弁理士法の間に、不整合の問題が有ることが判明しました。
特許出願の非公開制度は、我が国を取り巻く国際環境の急激な変化に即応するため、経済安全保障の一環として、急遽そのような立法形式になりましたが、時間が許せば、特許法に或いは特許法を含めて規定することもできたものであります。
現に、米国では、米国特許法(35U.S.C.)第122条に、出願公開の例外として、公開により国の安全を害するおそれのある発明の非公開を規定し、関連規定が第181~188条にあります。ドイツでは、ドイツ特許法第50条に国家機密を含む発明の出願について、最上級の所轄連邦当局の意見聴取を条件として、特許庁審査課(審査官)による公表禁止命令の発令を規定し、第51~56条、第31条(5)、第74条などに関連規定を定めております。
米国やドイツの様な立法の仕方であれば、弁理士の代理権の問題は生じないと考えられるところ、今回、経済安全保障推進法によって特許出願の非公開が規定され、内閣総理大臣への手続きが必要になった結果、問題が生じております。
然しながら、保全対象になるか否かの判断(保全指定の維持の当否判断を含む)は、その時点での公知技術との対比の必要もあり、発明を熟知した特許出願の代理人たる弁理士の関与なくして行うことは、不適切な判断に至る恐れがあります。また、第67条第2項の内閣総理大臣への資料の提出、説明の対応を出願人自ら行うことは、出願人にとって過度な負担になると考えられます。また、保全指定しようとする場合、出願人に、所定の書面(情報管理状況)の提出が求められ、出願を維持する場合14日以内に提出しなければならない(第67条第9~10項)、との規定があります。更に、1年毎の保全指定継続の要否の判断への対応も必要です。これらの手続きへの対応も、代理人の関与無しでは、出願人にとって過度の負担になります。
特に、デュアルユースの発明を非公開とすることの是非は、我が国の産業の発達、外国出願・権利化による国際競争力の確保との兼ね合いで慎重に考慮されるべきものであります。暗号技術、通信技術、先端コンピュータ技術、ドローン技術、高感度センサ・カメラ技術、人工衛星技術、原子力技術、バイオ技術など、該当する可能性のある技術分野は、多岐にわたり、発明に精通した弁理士の積極的関与なくしては、保全審査を迅速かつ適切に行うことは困難であると考えられます。
内閣総理大臣は、保全審査のため必要があると認めるときは、特許出願人その他の関係者に対し、資料の提出及び説明を求めることができ(第67条第2項)、
保全指定しようとする場合、出願人へ通知し、情報管理状況等に関する所定の書面の提出を求め、出願人は出願維持の場合14日以内に提出する(同条第9,10項)。
即ち、出願の代理人たる弁理士は、関係者として資料の提出・説明を求められることがあり、また、保全指定の後、特許事務所の業務遂行において、情報管理義務を負い情報管理の中心的役割を担います。担当弁理士、担当事務所員等にも守秘義務が生じ、代理人弁理士には、その指導監督の義務も生じます。
また、保全指定された発明等の機密保持のため、情報を取り扱う者の適性について認証を行う制度の構築について必要な措置を取ることが、論じられています(参議院附帯決議第21項)。弁理士は、特許出願に関して弁理士法上の守秘義務を有しかつその違反に対して罰則規定があり、通例その適性を有するものと、考えられます。経済安保法の罰則(2年以下の懲役または100万円以下の罰金(92条)、又は1年以下の懲役または50万円以下の罰金(94,95条))は、弁理士法の罰則(6月以下の懲役または50万円以下の罰金)より少し厳しいものです。それへの対応は、国家機密の管理として、一層の充実を図ることが求められますが、会員への研修・周知によりその達成に支障は生じないものと思量します。
以上の観点から、弁理士は、保全管理義務の遂行上の条件を満たし、かつ、保全手続きに関する代理人資格として、最もふさわしい資格であると思量します。
保全指定が特許庁長官、出願人に通知(第70条)された後、特許庁における審査には、当然弁理士は代理人として関与することになります。この点に関して、内閣総理大臣による保全審査において弁理士の代理人資格が認められないとすると、特許出願の代理人の立場に中断(空洞)が生ずることになります。
一方、特許法第64条には、特許庁長官は出願から1年6月を経過したとき出願公開をしなければならない、と規定しています。経済安保法では、特許法改正をすることなく適用除外規定(第66条(7))で出願公開・査定の除外(留保)を規定しています。かくて、保全指定の通知があったとき、特許庁長官は出願を非公開とする旨の例外規定が明確化のため必要になるのではないかと思量します。(例えば米国特許法122条、ドイツ特許法50条など)
その他、保全指定の下で、どのように審査を行うかなど、特許法など特許制度上の適合措置も必要になると思われます。これらの、経済安保法への適合措置について、これから議論されるものと期待しますが、弁理士の関与については、有識者会議での議論をはじめとして、不可欠のものとして、議論されることが望まれます。
弁理士の果たすべき役割については、特許制度と弁理士制度の密接な関連について、歴史的沿革に立ち返ってみることが肝要です。
明治32年パリ条約加盟*と同時に特許制度の導入に併せて特許代理業者登録規則も導入されました。これは、初代特許局長高橋是清が、その前特許制度の視察に派遣され、米国の特許制度とその運用の実態をつぶさに学び、代理人制度の重要性を深く認識していたからであります。
*工業所有権の保護に関する1883年のパリ条約(内外人平等を規定)への加盟と共に、特許・商標の保護制度導入は、日本 の近代国家としての確立を図る治外法権解消に対する欧米諸国の条件でありました。その後、弁理士の役割は、特許制度の発展に伴う社会的ニーズに対応して、侵害訴訟の補佐人(大正10年)、審決取消訴訟の代理人(昭和23年)、仲裁代理人(平成12年)、特定侵害訴訟代理人(平成14年)、等へと拡充され、弁理士法第1条に知的財産の専門家としての使命条項が規定されるに至っております。
弁理士の経済安保法上の役割と、その守秘義務の範囲及び機密管理の業務上の遂行、並びに、特許制度と弁理士代理人制度の密接な実務上及び歴史的な関係に鑑みれば、出願人が円滑に手続きを行うために(参議院附帯決議第14項)、弁理士を代理人として十全に活用できるようにすることが、法の目的とする、経済安全保障の実現に資するものであると、考えられます。
速やかな不整合の解消措置が取られることを希望します。
以上
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この記事は弁政連フォーラム第352号(令和4年10月15日)に掲載したものです。
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